楽天・三木谷氏が猛烈批判、岸田政権は「新社会主義」なのか?”
「所得の再配分」は社会主義国家だけの政策ではない
2021.10.18(月) 加谷 珪一

 岸田新政権が打ち出した「新しい日本型資本主義」に対して、楽天グループの三木谷浩史会長兼社長が「新社会主義にしか聞こえない」と公然と批判した。岸田政権は所得の再分配を重視する姿勢を鮮明にしており、社会主義的との感想を持った人は多い。社会主義というのは曖昧な用語で、人にとってその意味は大きく異なる。果たして、岸田政権の経済政策は「社会主義」なのだろうか。(加谷 珪一:経済評論家)

新資本主義ではなく新社会主義?
 岸田氏は総裁選の段階から、「新自由主義的政策が、持てる者と持たざる者の格差と分断を生んだ」と主張し、所得の再分配を経済政策の中核に据える方針を示してきた。岸田氏は配布した政策パンフレットにおいて、「下請いじめゼロ」「住居費・教育費支援」「公的価格の抜本的見直し」「単年度主義の弊害是正」という4つの方針を提示したが、中でも目玉となるのが看護師や介護士などの年収アップを目的とした「公的価格の抜本的見直し」である。

 もっとも岸田氏は「成長なくして分配なし」「分配なくして成長なし」とある種の循環論法のような説明を行っており、成長させてから果実を分配するのか、まずは強制分配を行ってから成長を促すのかハッキリしていなかった。ただ岸田氏が示した成長戦略に目新しいものがまったくなかったことや、格差の是正を強く訴えていたことなどから、世論の注目は否が応でも分配政策に向くことになった。

 経団連の十倉雅和会長は岸田氏との会談後、「首相の掲げる『新たな日本型資本主義』と経団連が提唱する『サステナブルな資本主義』がいかに一致しているかを確かめ合った」と述べており、とりあえず様子見の姿勢を示す一方、新経連(新経済連盟)を率いる三木谷氏は岸田政権の政策について猛反発している。

「社会主義」は極めて曖昧な用語

 三木谷氏は自身のツイッターで「新資本主義ではなく、新社会主義にしか聞こえない」「金融市場を崩壊させてどうするのか?」「新資本主義=社会主義」と連投し、岸田政権が掲げる新資本主義は社会主義だと断定した。

 近年、日本経済の貧困化が急ピッチで進んでおり、格差問題が深刻な状況となっている。特に日本の場合、貧困者が増えるという下方向の格差であるだけに問題はやっかいだ。

 貧困者が増え、中間層の厚みが減ると国内消費には極めて深刻な影響が及ぶ。行き過ぎた格差の拡大が経済成長にとってマイナスなのは確実であり、何らかの是正が必要なのは間違いない。だが、それ是正するには、ある程度、強制的に所得を再分配する必要があり、当然のことながら所得を減らされる人からは反対意見が出る。やり方によっては自由競争を阻害する可能性があり、社会主義的であるといった批判が寄せられる。

社会主義というのは極めて曖昧な用語  社会主義という言葉の意味は広く、経済的な平等を追求したり、格差を是正するという意味で使われることも多い。三木谷氏の批判も同じ文脈で捉えればよく、こうした主張は「広義の社会主義」ということになるだろう。一方で「狭義の社会主義」になるとニュアンスはかなり違ってくる。マルクス主義における社会主義というのは、生産手段あるいは生産関係(マルクス主義ではこれらを下部構造と呼ぶ)を共同管理し、計画的に生産や分配を実現する手法を指す。

所得の再分配は社会主義特有ではない

 一般的に資本主義・自由主義と狭義の社会主義は対立する概念であり、論点の違いもシンプルである。だが資本主義・自由主義と広義の社会主義は明確に対立しているとは言えず、論点の違いも曖昧になってくる。なぜなら、所得の再分配というのは、資本主義・自由主義社会においても数多く実施されてきた政策であり、社会主義国家に特有のものではないからだ。

 第1次大戦以前の世界においては、明確な所得再分配政策は存在しなかったかもしれないが、この流れを大きく変えたのが米国のルーズベルト政権である。F・ルーズベルト大統領は、世界恐慌に対応するため大規模な公共事業によって需要を創造し、失業者を救済するというニューディール政策を実施。これが絶大な効果を発揮したことから、世界各国の経済政策のモデルとなった。ルーズベルト政権は社会保障の充実にも力を入れており、現代資本主義社会における所得再分配政策のひとつの方向性を示したといってよい。

 米国のニューディール政策や、戦後の英国で導入された福祉政策(ゆりかごから墓場まで)は、社会主義思想から影響を受けたものではあるが、れっきとした自由競争の国で実施されたものであり、あくまで資本主義・自由主義経済における所得再分配政策である。

 したがって、岸田政権の政策の是非について議論する場合には、「資本主義・自由主義」か「社会主義」かで比較するのではなく、「大きな政府」か「小さな政府か」で比較する方が望ましい。

 ところが日本の場合には、そうはいかない特殊な事情がある。日本の世論には、広義の社会主義にとどまらず、狭義の社会主義を強く求める声があり、しかもこうした社会主義的主張をしている人の多くは、いわゆる左翼ではなく保守層と呼ばれる人たちだからである。

日本では保守的な人ほど社会主義が大好き
 ネットを覗けば一目瞭然だが、いわゆる保守層と呼ばれる人たちの多くは、「官民が一体となって半導体産業を育成せよ!」「原発は国有化して国家が管理せよ!」「自治体の権限を縮小して政府が直接管理せよ」「研究開発を国家が主導せよ!」など勇ましい主張を行っている。

 一連の主張に共通しているのは、インフラなど公共財について国家が積極的に管理すべきだという趣旨である。

 先ほども説明したように、公共性の高い財やサービスを国家が管理し、計画的に経済を運営するというのは、マルクス主義に特有の概念といってよい。いわゆる保守層はマルクス主義や社会主義を毛嫌いしているはずだが、その主張の骨格はマルクス主義そのものなのである。

 こうした矛盾は実は戦前の時代から続いている。

 安倍元首相の祖父である岸信介元首相は、A級戦犯容疑で逮捕されたこともあり、世間一般のイメージは右翼的な人物ということになるだろう。安倍氏も祖父から大きな影響を受けており、岸氏が日本の保守思想のひとつの骨格となっているのは間違いない。

岸信介がやったことは共産主義的?

 だが岸氏がやってきたことは、本来の意味での保守とは正反対のことばかりである。戦前、岸氏は「革新官僚」の筆頭とされ、商工省(経済産業省の前身)において国家統制を全面に押し出した経済政策を推進していた。岸氏と対立した阪急電鉄の創始者である小林一三氏が、岸氏について「あれはアカ(共産主義者)だ」と手厳しく批判したことは有名な話である。

 実業家出身の大臣であった小林氏にしてみれば、インフラをすべて国家が統制すべきという岸氏の主張は、マルクス主義にしか聞こえなかったに違いない。日本社会においては、理論よりも情緒の方が優先されるので、保守的な主張とマルクス主義的な経済政策が両立してしまうというのはよくある話なのだ。

所得再分配を社会主義とは定義しない方がよい
 保守思想とラジカルな思想が同居することは欧米でも見られる現象だが、少なくとも両者の違いについては認識されているように思われる。ナチス・ドイツは、国家主導のインフラ建設や価格統制など社会主義的な政策を次々と実施したが、ナチスの党名は「国家社会主義ドイツ労働者党」であり、少なくとも社会主義的政党であることは自覚していた。

 日中戦争以降の日本では、岸氏のような官僚と軍部の主導で同様の統制経済が実施されたが、本人たちに社会主義的な政策を実施しているというイデオロギー的自覚があったのかは甚だ疑問だ(単純に旧ソ連の計画経済を応用したくらいの感覚しかなかった可能性が高い)。

 自由主義・資本主義社会における所得の再配分と、基本インフラを国家主導で管理することには雲泥の差があり、両者を混同することは議論を混乱させるだけである。少なくとも所得の再分配政策を社会主義的であると批判するのはやめた方がよいだろう。

(なるほど!


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Last-modified: 2021-10-18 (月) 13:43:58